【兵庫県・加古川市】”生活の場”として残る、歴史的な街並み【加古川日本毛織社宅建築群】

久しぶりに帰ってきたら、懐かしい場所が無くなっていた──。

古くから地域に根付いてきた歴史ある建物や日常の動線上にあった公園、なじみの飲食店など……。時の流れとともに、そうした自身の思い出の風景が地域から無くなっていくことは誰しも経験があることでしょう。無くなったものは時代を超えられず、風化すれば最悪”無かったこと”になってしまう可能性もあります。

地域の魅力を伝えるメディアとして、消えゆく風景を遺して次世代へ伝えていきたい。
そうした思いで先日カメラを片手に向かったのは「加古川日本毛織社宅建築群」
今回はその様子をご紹介します。

【兵庫県・加古川市】加古川日本毛織社宅建築群とは……?

兵庫県加古川市加古川町本町にある、日本毛織株式会社(ニッケ)の社宅群。明治末期から昭和初期にかけて造成され、特徴的な木造洋館と戦前の様子を残す長屋が立ち並んでいます。

兵庫県 加古川市 加古川日本毛織社宅建築群 播磨 ローカルメディア
連続テレビ小説『マッサン』や映画『火垂るの墓』(実写版)、『少年H』などのロケ地としても有名。
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長屋風の木造家屋。

敷地周囲は日本毛織の企業城下町であり戦前の社宅様式が体感できる貴重な場となっていますが、現在一部では解体が進んでおり、跡地には近く介護施設が建設される予定だそう。

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くわしくはこちらの記事から。

地域住民をはじめ、社宅群に親しみを持っている人たちからは惜しむ言葉も。

いざ、加古川日本毛織社宅建築群へ!

この日は天気が良く、青空と植木の緑が映える絶好のフォトウォーク日和。

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加古川市で活動されている「and」のデザイナー、西嶋さんと一緒に、首からカメラを下げて近隣を散策しました。

西嶋さんのインタビューはこちらから。
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構図が綺麗にバチっとキマりそうだったのでパシャ。
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木の塀と舗装されていない砂利道が続く風景は、戦前の社宅風景として歴史的景観価値が高いとのこと。
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奥に見えるのは加古川西高等学校。通学でここを通る学生も多いそう。
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植物が壁を這って伸びていながらも、中のつくりは健在で廃墟化していない。
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ガラスに映る空の青、洋風建築の屋根の赤が素敵。
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一部では煉瓦造りの塀も見られ、調べてみると上級幹部用の社宅だったそうです。
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木の塀や、煉瓦造りの高い塀で囲まれた木造建築の長屋がまっすぐずらーっと続いている風景は圧巻でした。

実際に地域の方が生活している様子も見られ、ただ歴史的建築として残されているのではなく、生活の場として残されていることがわかります。

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社宅群の中には児童公園もあり、お子さんが遊んでいる姿もちらほら。

公園で休憩してからは木造洋館の撮影へ。建物内には入れませんでしたが、敷地回りをぐるっと歩いてみただけでも、明治期のドラマの世界に入り込んだかと錯覚するくらい歴史の匂いを残している場所でした。

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目の前にある公園の滑り台から撮影した一枚。
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同様に挑戦する西嶋さん。
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降りるの怖いですよね……笑
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こちらは公園のグラウンドから。
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窓ガラスに映る像が波打っており、歴史を感じました。
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壁にはこんな可愛い落書きも。相合傘かな?
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構えが立派。
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とても綺麗な状態でのこっています。
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周りには井戸もあり、水が引かれていました。

日本毛織の加古川工場が操業を開始したのが明治32年(1899年)。当時の日本では毛織業の技術者が少なく、生産技術確立のために海外から外国人技術者を招いていたそうです。

木造洋館は彼らが暮らしていた生活の名残であり、加古川市内における唯一の「異人館」として文化財や「わがまち加古川60選」に登録されています。

加古川市観光協会による紹介動画。

フィールドワークを終えて

現在一部で解体が進んでいる加古川日本毛織社宅建築群。
防災上の問題や耐震の問題などいろいろ理由はあるにしても、地域でこうした貴重な文化が消えていくのには一抹の悲しさを覚えます。「仕方ない」の一言で済ましにくい。まあ、だからといって何かできるわけではないんですが……。

せめてローカルメディアとして、こうした形で地域にある今の”当たり前”の風景を遺していきたいなあと思ったフィールドワークでした。

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この記事を書いた人

ロペス

1992年、奈良県生まれ。少年の心を忘れない26才児。paletteの編集長兼ライター。通称「ロペス」。畿央大学教育学部を卒業後、東京の人材派遣会社に就職。その後小学校教諭、塾講師、認定子ども園保育補助を経て現職。人、モノ、場所の魅力を引き出し、記事として発信するため日々奮闘中。目下の悩みは「終わらない成長期」。ダイエット方法募集中。