【兵庫県・姫路市】「傷つき、裏切られ、色あせた夢。それでも俺は」【ミュージシャン:竹下 将貴】

こんばんは。
播磨の魅力を発信するメディア「palette」のライター、ロペスです。

メディアやまちづくりといった仕事の中で、日々関わっているクリエイターやアーティスト。彼らの芸術に触れた時、得も言われぬ心の震えを感じる瞬間があります。
眼前の事象や作品に圧倒され、どこがいいとか、どういったところが優れているとか、そんな話ではなく、ただ頭が真っ白になって立ち尽くすような瞬間が。

この心の動きを人に伝えようとした時、我々はどう表現できるでしょうか。
感動の瞬間?
いや「感動」なんて、そんなありきたりな表現じゃない。
価値のある瞬間?
いや、「価値」に縛られたものでもない。

さて、どうしたものか。皆さんなら「  」を、どうやって表現しますか?

絵を描いて表現する。
曲を演奏して表現する。
言葉で綴って表現する。

人によって様々な方法があると思います。

「ミュージシャン」

彼らはそれを音楽によって表現するアーティストたち。今回のインタビューは、そんな「  」に魅せられた、一人のミュージシャンのお話です。

「俺はもう一度、音楽をちゃんとやりたいんです」

口からこぼれたのは、絞り出すような声で語られた本音。
「ライブで生まれる『  』を、その瞬間をつくりたい」と、お金や時間、自分の持ち得る全てをかけて取り組むその姿勢は、苛烈と表現しても過言ではないくらい。これまでの過酷な生育環境、バンドメンバーとの不仲、失った信頼……。「もう嫌だ」と、一度は諦めかけた夢を、傷だらけで色あせた夢を、それでもまだ追い続ける。
夢に生かされ、夢に裏切られ、夢に傷つき、また夢を追う。

なぜ。
これまで辛い経験をしてきたのに。
なぜ。
決して恵まれているわけじゃない、過酷な状況の中にいるのに。

あなたにとって「  」って何ですか。
一生かけて、ぼろぼろになってまで、追い続けたいものなんですか。

加古川ライター、ロペスの人物インタビュー。今回は傷だらけの夢を胸に、歯を食いしばって進む一人のミュージシャンにお話を聞きました。

竹下 将貴(たけした まさき)

兵庫 播磨 姫路 加古川 インタビュー palette バンド ミュージシャン BanbanAo

兵庫県出身、1996年生まれの22歳。たつの市立神戸(かんべ)小学校、揖保川中学校を経て相生産業高等学校(夜間)へ進学。小学校5年生の時に、母親の友人から紹介されたアーティストに出会う。ライブハウス姫路ベータにて行われたライブに参戦し、そのパフォーマンスに衝撃を受け、以来バンドマンを志すように。バンド活動を始めたのは中学生から。高校時代には当時の友人と「the Focus(ザ フォーカス)」を結成。姫路「ベータ」、神戸「太陽と虎」、奈良「ネバーランド」といった数々の有名ライブハウスのステージに立ってきた。楽器は専門のドラムの他に、ギター、ベースなど、ピアノ以外の楽器は幅広く演奏する。現在は姫路ベータで働きながら、姫路を中心に活動しているアコースティックインストバンド「BanbanAo」のカホン担当として活躍中。

趣味はフィルムカメラで愛機は「PENTAX K2」日常を独自の視点で切り取った写真は評価が高く、2018年は姫路Quiet Holidayやアスティア加西などで個展が開催された。

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アコースティックインストバンド「BanbanAo」のメンバーと。

・BanbanAo
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姫路Quiet Holiday個展「世の常」出展写真(一部)​

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カメラマンとしての活動はこちらから。

「音楽」が「夢」になった瞬間

ロペス:待望のまさきのインタビューやね。まさきとは、彼女の妹の彼氏って近いのか遠いのかよくわからない距離感で関わってきたけど、今日は一人のミュージシャンとして話が聞けるのを楽しみにしてるよ。

まさき:僕も楽しみでした。あまり経験がないのでめっちゃ緊張しますけど(笑)よろしくおねがいします!

ロペス:最初に、まさきが音楽をやりたいと思ったきっかけについて教えてくれる?

まさき:音楽に興味を持ち始めたのは小学生の頃です。母の友人から「これ、うちの子どものバンドやねん!見て!」とライブDVDを渡され、家で見たんですけど、もうめちゃめちゃカッコよかったんですよ。DVDに収録されていたライブは福岡県で行われたもので、そこに地元のたつの市出身のミュージシャンが大勢の観客に囲まれて熱狂の渦の真ん中にいた。身近にこんなかっこいい人がいるのかと衝撃を受けました。それまで音楽には全く興味がありませんでしたが、彼らのライブを見てからミュージシャンに憧れ始めましたね。

ロペス:憧れか……。ライブに感動して興味を持ったのはもちろん、自分もステージに立ちたい、「表現者」としてやってみたいと思ったってこと?

まさき:そうです。曲の音源を聞いただけでなく、ライブ映像を見たので視覚効果がすごかった。母の友人に「家にあるDVDとCD、全部欲しい」と頼み込んで貸してもらい、歌詞を全部覚えるまで聞き込みました。中でもギターの人のパフォーマンスに目を惹かれて、「自分もこんな表現がしてみたい!」と。小学生にとってギターは高い買い物ですし親にも頼めなかったので、家で扇風機の網を弦に見立ててかき鳴らしてみたり、お菓子の空き缶と輪ゴム、木の棒で即席のギターをつくって演奏してみたり……。もう音楽のことで頭がいっぱいでした。

ロペス:余程影響が大きかったんだろうね。そこまで熱中するなんて。

まさき:夢中でした。実際に姫路ベータで行われていた彼らのライブを見に行って、ライブ特有の空気感というか、なんて言ったら良いんだろう……。演者は汗だくで、眩しい笑顔でギターを弾き狂っていて、お客さんは一丸となってステーに向かって叫んだり手を上げたりしている。あの瞬間、自分の中に言葉にできない何かが満ちてきたんです。ライブが終わったあとはステージに近づいて、おそるおそる手を触れて「俺もいつかここに立つんだ」なんて思ったりして(笑)とにかく、ライブが自分に与えた影響って本当に大きなものだったんですよ。

初ライブ、初バンド

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姫路ベータにて。

ロペス:本格的にバンドを組んでやり始めたのはいつ頃から?

まさき:中学生の時です。仲のいい友人に誘われて、二人で練習していました。当時中学校には300人ほど生徒がいましたが、ギターをやっていたのは僕ら二人だけだったんです。放課後家に帰ってすぐ、チャリを漕いで友人の家まで行き、ひたすらギターを弾いていました。その後さらに友人二人を呼んで、合計4人でバンドを組み、活動をはじめました。

ロペス:じゃあその頃からステージに立って、ライブをやっていたんだ。

まさき:初ライブは高校生の頃。かなり後になってからです。 最初は姫路ベータのスタジオでずっと練習だけしていました。新しく連れて来た二人のメンバーは音楽の経験がなかったので、パートの穴を埋めるべく様々な楽器に挑戦していて、ドラムに出会ったのもその頃。当時は大好きなミュージシャンが演奏していた環境で練習できることに、ただただ感動していました。

ロペス:そうなんだ。結構もどかしい時間を過ごしていたんだね。

まさき:音楽に特に興味がない初心者を無理やり連れてきた形でしたから、メンバーの入れ替わりも激しくて……。ライブが出来なかったのは悔しかったですが、音楽ができるだけで良かった。本当に楽しい時間でした。本格的にバンドを組んで活動をし始めたのは高校に上がってから。楽器をやっている人でメンバーを組み、「the Focus」というバンドで活動し始めました。

ロペス:なるほど。じゃあステージデビューもその時期か。

まさき:そうです。中学校の頃から練習の様子をずっと見ていたベータの店長が「君ら練習頑張ってるな。ライブやらないの?」と声をかけてくれて。ああ、ついに、やっとこの夢のステージに立てる時が来たと。5,6年越しの待望の瞬間でした。

兵庫 播磨 姫路 加古川 インタビュー palette バンド ミュージシャン BanbanAo
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ロペス:初ライブはどうだった?緊張したんじゃない?

まさき:もう頭真っ白でしたね(笑)でもすごく気持ちよかったのを覚えています。中でも印象的だったのが、ステージに立った時に見える景色の違いでした。観客として見る景色と演奏者として見る景色はやっぱり全然違うんですよ。今まで見ていた側だったのが、見られている側に立っている。俺の叩いているビートでお客さんがノッてくれている。これがもう本当にたまらなかったです。

金も、家も、信用も失い、傷ついた夢

ロペス:「the Focus」はいつまで続けたの?

まさき:2016年までです。メンバーの大学受験もあって1年間の活動休止を挟んだ後あちこちでライブをしてきました。いろんなバンドや箱(ライブハウス)とつながって、活躍の幅をどんどん広げていたんです。ただ、メンバー内「売れたい、もっと精力的にやりたい」と思うメンバーと、そうでないメンバーで意識の差が生まれてしまった。

ロペス:価値観の違い、熱量の違いか。

まさき:そう、それです。メンバーチェンジして続ける選択肢もあったんですが、このメンバーでやれないなら「the Focus」じゃないと思ったので、そこで解散しよう、と。解散後は対バン(他のバンドと一緒にライブを行うこと)で仲良くなったバンドで活動していましたが、この時期からは本当に色々あって……。

ロペス:色々、というのは?

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まさき:これは俺の選択の所為でもあるんですが、バンド間での揉め事があったり、ここだと思ってお金も時間もつぎ込んだバンドが解散してしまったり。自分の居場所となるバンドを失ってしまったんです。これまでお世話になった方たちにも迷惑をかけましたし、誤解を生むような形にもなって、今まで積み重ねてきた信頼が一気に崩れ去ってしまった。

ロペス:話の伝わる速さが早い界隈だし、一度信頼を失うと再起しにくいよね。

まさき:はい。悪いことって重なるもので、それとは別に家族の問題もありました。うちの家族は父親がひどいギャンブル中毒だったこともあって両親が離婚していて、俺は母親に引き取られているんです。でも俺にとっては大好きな父親で、ギャンブルで抱えた借金の肩代わりをしたり、お金を貸したりしていました。その父親がこの時期に急に亡くなってしまった。

ロペス:居場所を失った上に肉親の死が重なった……。

まさき:大変でした。母親は俺が父親を助けていたのを知って激昴し、俺に家を出て行けと。この時はどこにも自分の居場所が無かった。追い出された家には帰れない。バンドにつぎ込んだのと、父親の借金も抱えたためにお金も無い。友人の家に居候させてもらいながら、ホームレス状態で2ヶ月過ごしました。色々重なりすぎてしんどくなって、大好きなバンドももうやりたくない、というか何もしたくない。軽いうつ状態だったと思います。

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人生に、「『意味』のある瞬間」を

ロペス:そんな状況にあって、今回またバンドに挑戦しようと思ったのはなんでなの?回復したとはいえ、トラウマレベルの経験をしたのに。

まさき:やっぱりライブが好きだから、ですね。諦められないですよ。小さい頃からずっと好きでしたし、憧れてきましたから。たしかに痛い目はたくさん見ました。夢や希望のあふれるような綺麗な道でも無かった。それでもライブで味わったあの感動が忘れられない。言葉にはしにくいですが、「  」のある瞬間を、自分は音楽を通してつくり出したいんです。

ロペス:そこまでして追い求めるものって一体……。

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まさき:うーん……上手く言葉にできないんですよね……。ロペスさんも人生で「  」に出会った経験ってあるでしょ?本であったり、人との出会いであったり、そういった中から言葉にできない衝撃を受けた体験が。

ロペス:考えてみると、あったと思う。自分の人生において、あの瞬間には意味があったんだろうと思える体験は、たしかに何度かあった。

まさき:それなんですよ!別にライブに来てくれたお客さんが感動してミュージシャンになりたいと思ってほしいとか、そんなんじゃないんです。ただその人にとって、人生の中で「意味のある瞬間」を生みたいんです。それが自分の全てなんですよ。

ロペス:なるほど。自分の全力を尽くしてつくり出した作品が、誰かにとって意味のあるものであって欲しいと。

まさき:はい。ただ、押し付けがましい作品にはしたくなくて。メッセージ性を持たせるとか、テーマを決めてつくるとか、そういったことはやりたくない。解釈はお客さんの自由ですから、どう取ってもらっても良い。

ロペス:「芸術作品は断じて説明的であってはならない」か。めっちゃ難しいと思う。それでもまさきは挑むんやね。

まさき:そうです。それがアーティストであり「表現者」だと、俺は思ってるんで。

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インタビューを終えて

人生において、「意味のある瞬間」がどれだけあるでしょうか。モノや情報にあふれたこのご時世。芸術作品も同様に、国内において本は年間約8000冊、音楽は年間約9000譜生まれているといいます。

日々、数え切れないほどの様々なコンテンツが猛スピードで視界を横切っていく中で、一つ一つの作品に物語があり、つくり手の想いがある。

ある者は絵で。
ある者は音楽で。
ある者は言葉で。

それぞれの表現の形で、「意味のある瞬間」を生み出そうとしています。今回インタビューしたまさきもその一人。どんなに状況が過酷であったとしても、いや、過酷だからこそ「意味のある瞬間」にこだわって音楽を続けている。
傷ついていても、色あせていても、それでも夢を追い続けられるのは、彼にとって意味のあることだから。決して綺麗じゃない。でも美しい。彼のつくるステージ、ライブが、誰かにとっての「意味のある瞬間」であるように願っています。

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この記事を書いた人

ロペス

1992年、奈良県生まれ。少年の心を忘れない26才児。paletteの編集長兼ライター。通称「ロペス」。畿央大学教育学部を卒業後、東京の人材派遣会社に就職。その後小学校教諭、塾講師、認定子ども園保育補助を経て現職。人、モノ、場所の魅力を引き出し、記事として発信するため日々奮闘中。目下の悩みは「終わらない成長期」。ダイエット方法募集中。