褪せれど焦らず【日常の端っこ】

palette「褪せれど焦らず」日常の端っこ

「いいことないかな」

もう何百回、何千回と唱えてきた呪文だ。
特に大人になってからは口癖のように唱えていて、頭で考えるよりも先に口からするりと飛び出していく。

「あー、いいことないかなあ」

唱え続けていれば何かステキなことが寄ってきてくれるような気がしている、のかもしれない。 

けれども、「いいこと」って何だろうな。

魔法の呪文を唱えるときは具体的なイメージを持つことが大切だ。そんな設定をファンタジーな小説などでよく見かける。
それならこの呪文だってきっとそうだ。

ぼんやりとした「いいこと」を思い浮かべるだけでは、結局何も寄ってきやしないのだろう。


palette「褪せれど焦らず」日常の端っこ

自分を取り巻く環境を変えれば、今とは違う鮮やかで輝かしい未来が待っているんじゃないか。
いつもそう勘違いしてしまう。

常に何か新しいもの、目を輝かせて飛びつきたくなるものを求めている。
行動力だけは持ち合わせているので、いつもいつも面白いことに首を突っ込んでどうにか楽しく暮らしている。

良く言えば好奇心旺盛、悪く言えば飽き性。
興味を持ったものに飛びついたその後、ずっと熱量高く何かを続けてきたことがほぼ無い。

何より仕事がそうだった。
社会人歴5年目、同い年の友人たちはそろそろ所属する場で”中堅”の域に入ろうとしているというのに、わたしは未だに”新人歴”を更新し続けていた。

変わり映えのしない毎日。
新しい環境に飛び込んですぐは鮮やかに見えていた景色も、徐々に色を失っていく。
つまらなくなって刺激を求めて、持ち前の行動力で新しいものを見つけて飛びつく。

palette「褪せれど焦らず」日常の端っこ

paletteに飛び込んだのも、ちょうど新しいものを求めていたからだった。

平日はひたすらに会社と自宅の往復、休日はたまに友人と遊ぶくらいで、後は寝ているか録画した映画を見ているか。
わたしはなんて面白みのない人間なんだろうと思っていた。

そんな時に誘ってくれたのが編集長ロペスであり、paletteだった。

僭越ながらフォトライターを名乗りpaletteで少しずつ活動し、palette外でも少しずつ活動の幅を広げている今が、わたしはとても楽しい。
最近よく笑顔を写真におさめてもらえるのだが、明らかに以前よりもいい笑顔でよく笑っているなと気付いた。よほど楽しく生きているらしい。

palette「褪せれど焦らず」日常の端っこ1

でもだからといって、わたしの未来が鮮やかで輝かしくなるわけではなかった。

当たり前のことだ。新しい何かが悩みをすべて一掃してくれるわけはないし、わたしが生まれ変わるわけでもない。

鮮やかで特別な出来事がそうそう起こらないことくらい、もうずいぶん前から知っていた。
自分の未来は自分で色付けていくしかないことも、もうずいぶん前から気付いていたのだ。


palette「褪せれど焦らず」日常の端っこ

それでも地味でふつうな毎日は訪れる。きちんと、明日も。
カボチャの馬車は来なくとも、愛車を走らせればきっとどこへでも行ける。
7人の小人が助けてくれなくとも、馬鹿言って笑いあっていざという時には頼れる友達ならたくさんいる。

お風呂に入るのは面倒だけれど気持ちいいし、エアコンのきいた部屋で布団に潜りこむのは最高に幸せだ。

本当は「いいこと」なんて、毎日の中にあふれかえっているのだ。

palette「褪せれど焦らず」日常の端っこ

鮮やかで特別なことなんて、そんなよく分からないものイメージできない。
そんな味付けの濃いものばかり食べてると、いつかは飽きるし体に悪いよ。

具体的にイメージできるのは、地味でふつうな毎日にあふれる些細な「いいこと」だけ。

今日もわたしは呪文を唱える。どんなに地味でふつうな明日だろうと、きちんと見つめて。

「何かいいことないかなあ、ねえ?」

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この記事を書いた人

鶴留 彩花

1991年、兵庫県生まれ奈良県育ち。関西大学卒。しがない事務職会社員。「日常の端っこ」をひとつのテーマとして、写真を撮ったり文章を書いたりするのが好き。楽しそうなこと・面白そうなことには、持ち前の行動力で首を突っ込んでいくタイプ。いろんなお誘い(特に写真と文章に関すること)大歓迎です、お待ちしています。編集長ロペスとは中学時代からの腐れ縁。