【兵庫県・播磨地域】光りはせずとも【日常の端っこ】

袋詰めは魔法だ。

たまご、お肉、チーズ。
牛乳、大根、白菜。
洗剤、シャンプー、歯ブラシ。

ばさっと広げたビニール袋へパズルのように当てはめる。
なまもの、重たいもの、日用品。
なるべく分けて、袋のすきまを次々と埋めていく。


母の買い物について行った幼いわたしが、よいしょ、よいしょと袋づめをしている映像が浮かんでくる。 

「あ、ほらほら、豚肉ナナメになっちゃうでー」

母が言うには、”どりっぷ”が出るから、お肉のパックはまっすぐにして入れなきゃいけない。
たまごは容器がかしこいから、いちばん下に置いたほうが割れにくくなるんだって。すごいねえ。

よいしょ、よいしょ。
「前へならえ」でいつも腰に手を当てていたわたしには、高く感じるサッカー台。
食材たちは肩の高さに並んでいた。

母の教えをちゃんと守り、今日の晩ごはんになる食材たちでビニール袋のすきまを埋めていく。

「はい、ありがとうねー。帰りましょかあ」

にこにこする母、得意げな顔をするわたし。
まるで第三者目線で見ていたように、自分の顔まではっきりと浮かんでくる。


わたしは感情表現の薄い子どもだった。

とても嬉しいことがあってもニッコリ輝く笑顔ではなく、によによと口の端を歪ませた笑みを浮かべて照れているタイプだった。
おかげで大人になっても、口角をキュッと上げた笑みがへたっぴだ。

楽しく過ごしていても「何か怒ってそう……」と思われることがある。

同じように、楽しく生きていても「大丈夫?つらくない?」と聞かれることがたまにある。 

大丈夫、つらくない。わたしはこんなに楽しい。
他人からどう見えているのか考えてしまうと、3%くらい楽しさが減っちゃう、気がする。

笑い方なんて人それぞれで、つらさや幸せの基準だって人それぞれだ。

他人から見ればへたっぴで楽しくなさそうな笑い方で、ドタバタと大変でつらい生き方なのかもしれない。
けれどもわたしは”によによ”と笑い続けるし、どうにか楽しく過ごせてもいる。

うん、それでいいじゃないか。

袋づめをして得意げで、褒めてもらいたそうな幼いわたしの顔も、例に漏れずによによと口の端を歪ませた笑みを浮かべているのだった。


ふと思うことがある。

ああ幸せだなあと心の底から感じる瞬間は、小洒落たきれいでお高い料理とか、非日常ではしゃぐテーマパークとかにはないのだ、たぶん。

日常を彩るものなんて、もっと地味で些細な魔法でいい。

明日目が覚めたら、急に毎日が輝き出すわけないじゃない。
なんでもない日常生活は、この先もずっと地続きになっている。

食材をダメにしない袋詰めのやり方を知っていたり、そういうひとつひとつをしゃんとすること。
それはどこにも映えないけれど、少しずつでも確かに、地続きの日常を彩っていく。

あの時の幼いわたしは、魔法使いにでもなった気分で、母の袋詰め知識を実践していたのだと思う。

袋詰めはきっと、魔法だ。


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この記事を書いた人

鶴留 彩花

1991年、兵庫県生まれ奈良県育ち。関西大学卒。しがない事務職会社員。「日常の端っこ」をひとつのテーマとして、写真を撮ったり文章を書いたりするのが好き。楽しそうなこと・面白そうなことには、持ち前の行動力で首を突っ込んでいくタイプ。いろんなお誘い(特に写真と文章に関すること)大歓迎です、お待ちしています。編集長ロペスとは中学時代からの腐れ縁。