【兵庫県・播磨地域】晴れて蕪頭【日常の端っこ】

上を向いて歩こう、涙がこぼれないように。


上空にはいつだって、素敵でキラキラしたものばかり漂っている。
太陽、星、月。桜の花びら、銀杏の葉っぱ、ぱたぱたと雨粒。


大切な人の笑顔。
ずっとやってみたかった仕事。
輝かしくて、眩しくて、誰もが羨む未来。


頭って結構重いよね、知ってる?5~7kgあるんだって、知ってた?
涙がこぼれてしまうほど脳みそパンクしてる時の頭って、たぶん数字以上に重い。
貧弱な首でそんなの持ち上げられるわけがない。


努力が苦手、練習が嫌い。
苦痛だと思うことからは3秒で逃げ出したくなって、どんどん手先が冷えていく。

いつもいつも感覚・センス・直感、そういったモノたちと優しすぎるヒトたちに全体重をかけて身体をめり込ませて、どうにかこうにか生き抜いてきた。

「なんかこんな感じな気がする」
「こう動いたら楽しそう」
「なんだかかっちりハマる感覚があるってことは、こっちなんだと思う」

人間の思考タイプを理論型と感覚型に分けるとすれば、ぶっちぎりの感覚型だ。
「こんな感じ」は自分の頭の中にはイメージとして確実に存在しているが、それを他人に伝える術がない。

言葉で伝えようとすると、複雑怪奇で抽象的で難儀な産物ができあがり、聞いている方も話している方も頭にクエスチョンマークが飛び散る。
指導とか教育とか、本当は好きなのに苦手だ。

脳に映るモノとか身体の感覚を、そのまま他人に接続できればいいのに、とかなりの頻度で思う。


他人の感覚の真似をするのが好きだ。
誰かを真似て、また他の誰かを真似て、真似っこの寄せ集めで自分を形作った。
たとえば丁寧に書いたら綺麗と言われる文字もそう、学生時代に7年間やっていた弓道だってそう。 

確固たる自分なんて、「これが好き」「あれが大嫌い」「なんだよもーうるせー」その程度の感情くらいだ。
いつだってふわふわと掴めない、抜け落ちた羽のよう。
最初から「自分はこうだ!」と確信をもって言えるヒトは本当にすごいと思う。実はもう人生何周かしてきてんじゃないの?

真似をするのが好きで、ある程度上手く真似できるタイプでよかった。
器用に生き抜く才能だけは持って生まれたのだと思っている。

感謝感謝、おかげで今日も元気に楽しくげらげら笑っていられるの、時にバカみたいに悔しくて泣いていられるの。

これでいいのか。わたしって何なの。いいんだよなこれで、だって感覚だけで生き抜いてきたのだから。
いつまでもふわふわと上空を漂っていたくて、それなのに気付けば地面に横たわっていて。


ねえちょっと下向いて歩いてみなよほら。そんな頭抱えて、きっと重たいでしょう。


地面にもいつだって、面白いものばかり転がっている。
謎にひしゃげた煙草の吸い殻、誰かが落としたキーホルダー、遠目で見ると野良猫みたいなゴミ袋。
桜の花びら、銀杏の葉っぱ、ぴちゃぴちゃと水たまり。

大切だった人の笑顔。
見向きもしていなかった仕事。
痛くて、ダサくて、自分だけが面白がる未来。


商店街のど真ん中に落っこちたカブを見つけられるのなんて、わたしくらいでいい。
みんなが上向いてんなら、下向いて歩いてた方が「こっちなんだと思う」って、わたしの感覚がそう申しておりますので。

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この記事を書いた人

鶴留 彩花

1991年、兵庫県生まれ奈良県育ち。関西大学卒。しがない事務職会社員。「日常の端っこ」をひとつのテーマとして、写真を撮ったり文章を書いたりするのが好き。楽しそうなこと・面白そうなことには、持ち前の行動力で首を突っ込んでいくタイプ。いろんなお誘い(特に写真と文章に関すること)大歓迎です、お待ちしています。編集長ロペスとは中学時代からの腐れ縁。