「手ざわり」のある言葉で綴られたメディアを【mono.cotoJapan編集長:菅原 沙妃】

文章を読んでいて、ふと目を留めるタイミングがある。

紙面、あるいは画面に並んだ活字の中で、その言葉に温度を感じるときだ。辞書に載っているときや情報として活字列に並んでいるときはただの無機質な文字なのに、その文脈においては「言葉」として血が通っているように感じる。

これまで自分はそうした命のある「言葉」を使える人間でありたいと思ってきた。教師として子どもたちに語るとき、ライターとして文章を書くとき……。今でも、受け売りではなく借りてきた言葉でもなく、自分の「言葉」として命を持った言葉を話したい、書きたいといった想いを持ち続けている。

そんな折、電子の海の中でひとりの女性に出会った。

SAKI.S

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

彼女の書く文章には、「言葉」には、間違いなく血が通っていた。辞書の中にあるときのような無機質な感じが全くしない。彼女が日常の中からひとつひとつていねいに拾ってきた言葉たちは文章の中でいきいきとしており、読んでいて「言葉」にあたたかさを感じる。

一体どうしたらこんな文章が書けるようになるのだろう。
同じ24時間を生き、生活をしている中で、どうやったら「言葉」に命を宿らせることができるのだろう。

いつか聴いてみたいと思いながら彼女のブログを読んでいると、なんと加古川出身だということがわかった。これは是非インタビューを言い訳に話を聴いてみたい。メッセージを送ると是非にとお返事をいただき、こちらへ帰省中のタイミングでお話を聴かせてもらった。

彼女と話す中で見えてきたのは「人文学×日常=多様性」という立式の哲学、そして日常へのあたたかい眼差しのふたつ。幼少期の体験からくる多様性への想い、大学時代に学んだ人文学、そして今、日々を生きている中で見つめ直している日常。これらのキーワードがどのようにつながるのか。

加古川ライター、ロペスの人物インタビュー。
今回は「人文学×生活=多様性」の立式を形にすべく、日々の生活の中で実験を繰り返す一人の女性の姿に迫った。

菅原 沙妃(すがはら さき)

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

1993年生まれ。兵庫県加古川市出身。転勤族だった親の影響で幼い頃から海外へ移住。学生時代のほとんどを国外にて過ごす。帰国後一年間の勉強を経て慶應義塾大学文学部へ入学。独文学を専攻。卒業後はライターとしてエッセイやインタビュー記事の執筆を行う。2019年、インバウンド向けストーリーマガジン「mono.coto.Japan」を立ち上げる。主な著作に『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER/シネボーイ) 。
また、外国人観光客向けに泊まれる自宅本屋「books1016」の店主も務めている。

mono.coto.Japan

インバウンド向けショートストーリーウェブマガジン。従来の、日本の観光スポット情報を発信するサイトではなく、そこに住んでいる人のリアルな日常とともに、日本の「モノ」「コト」を海外から来る旅行者に伝えている。

海外向けだけでなく、日本語版の国内読者向けもあり、こちらでは従来のメディアでは削ぎ落とされがちな、ささやかで、地味で、ときにみじめにもなりうる、でもだからこそ輝くような瞬間がある、そんなリアルな生活の側面を記録し発信している。

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
「mono.coto.Japan」のHP。

『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER/シネボーイ)

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

『でも、ふりかえれば甘ったるく』(PAPER PAPER/シネボーイ)

books1016

外国人観光客向けの泊まれる自宅本屋「books1016」。
昨今の「文学部不要論」と閉じた人文学研究界隈に問題意識を抱き、「人文学やアートをやっている人と、そうでない人のあいだに立つ」ための一つの手段として立ち上げた。

また「働き方の多様性」に興味関心があり、自身も既存のキャリア観にとらわれずフリーランスとして、本屋のオーナーとして働く。本屋の運営を通して「望む変化は自分で体現していく」をモットーに「はたらく」を実験している。

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃
「books1016」のHP。

多様性を認められなかった学生時代と今

ロペス:今回はインタビューを受けていただきありがとうございます。憧れのライターさんだったのでインタビューができて本当に嬉しいです。

SAKI:そう言っていただけて恐縮です。よろしくお願いいたします。

ロペス:SAKIさんのテーマである「人文学×生活=多様性」について、これまでの経験を遡りながら「なぜそういったテーマを持つに至ったのか」をお聴かせいただければ嬉しいです。

SAKI:そうですね……多様性についてお話しすると、海外で過ごした学生時代まで遡ります。上海からアメリカのシカゴへ引っ越して現地校に通っていた時期がありまして、当時の私は自分の「日本人」というアイデンティティを崩されたくなくて周りの文化に反発していました。直接言動に移すことは無かったんですが「なんで学校にビーサンで来てるの?」「なんでで授業中にガムを噛んでるの?」と、現地校の学生にイラッとしたことがあったんですね。転校して最初のころは「私はアメリカナイズされないぞ」みたいな気持ちがありました(笑)。

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

ロペス:かなり頑ななスタンスだったんですね(笑)。

SAKI:今から思うとそうですね(笑)。ちょっとしたカルチャーショックというか。ただ逆に、周りは私が「日本人」であることを受け入れてくれていたと思うんです。差別をされたりバカにされたりといった経験はあまり記憶にありません。そのとき「周りが受け入れてくれているのに何故自分は受け入れられないんだろう」と多様性を認められていない自分に気づきました。そこからですね、自分の中で徐々に「多様性」がキーワードになっていったのは。受け取ったのに、まだ自分は次の人に渡せていない。だから、「バトンを次の人に渡す」ような感覚を持っているんです。

ロペス:「バトンを次の人に渡す」……ですか?

SAKI:ええ。「恩送り」という言葉があるじゃないですか。例えば人から恩をいただいたときに、それを次の人へと渡していくといったような。そういう感覚です。私は周りから自分の多様性を認めてもらった。だからもらった分を、次の「誰か」に渡していきたい。
ロペス:なるほど。それが今の「mono.coto.Japan」の執筆活動につながっていると。

SAKI:そうですね。他者の多様性を認めるには、そもそも自分の中の多様性を認めるのが前提となっていると思うんです。ただ、自分の中の「いろんな自分」を知っていく・認めていくのって、なかなか難しい。だからこそ、他者を知ることを通して、合わせ鏡のように自分を振り返るきっかけのひとつにしてもらえればと。

ロペス:たしかに。誰かの価値観や文化、その生活を知り、「自分はどうだろう?」と考えることってありますよね。

SAKI:はい。それが、自分とは異なる度合いが大きいかもしれない海外の人ならなおさら。ですので「mono.coto Japan」では、そうした「誰か」のストーリーを知ることで、自分を新たに知ったり、そこから自分のストーリーを紡いでいったりすることで、結果として他者や自分の多様性を認めるきっかけになればと思っています。

人文学と生活

ロペス:次に「人文学」と「生活」についてお聴きしたいと思います。自分の中で中々その接点がピンとこなくて……。大学時代は結構抽象度の高い学問をされていたんですよね?

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

SAKI:おっしゃるとおり、大学時代は「ドイツの芸術論」なんていう哲学チックで抽象的なことをやっていました。すごく楽しかったんですが日常とは距離のある学問です。でも、大学を卒業してすぐに結婚したことで、一気にリアルな生活を送ることになりました。そのころは私が家事担当だったので、平日にスーパーへ買い出しに行ったり料理をしたり……。「周りはバリバリ働いているのに私は何をしているんだろう」って思ったこともありました(笑)。生活なんてそれまで全然気にしたことがなくて、どちらかというとないがしろにしていたのに。

ロペス:大学時代に学んでいた「人文学」という抽象度の高い学問から、卒業後具体的な「生活」と向き合うことになったと。

SAKI:自分の状況としては「生活」というキーワードが浮かぶまで、悪く言うとそうした地味でありきたりな毎日に意味を見出すしかなかった状況にいたんだと思います。ぐだぐだ言っていても、結婚生活は日々進んでいくし、お腹は空くしゴミは溜まっていきますから(笑)

もうひとつは、プライベートでエッセイとかブログをつけていたときに、ちょっと抽象的なことを書くことが多かったんですけど「なんかふわふわ宙に浮いているな」と自分の中で限界を感じたんですよね。

ロペス:限界……。

SAKI:生活に立脚していないのか、文章がふわふわするんです。なので、抽象度の高い人文学と、実際の生活との間に「なにか」があるなと感じました。それでふっと、本当にふっと頭の中に「人文学×生活=多様性」という図式(?)が浮かんだんです。

ロペス:その立式では「=多様性」となっていますが、なぜその解に結びつくのですか?

SAKI:これは直感だったので、まだまだ私も上手く言葉にできないのですが……生活ってリアルじゃないですか。誰かのキラキラしたサクセスストーリーを聴いたとしても、「あの人はすごいね、私と違って」となってしまう可能性もあるし。だからこそ些細な日常をテーマにすることで、より読者と近い距離で対象化ができるのではないかと思うんです。文章を通して他者の生活に触れ、自身の生活を振り返ってみる、そして「認めて」いく。自分をまず認めないと他者は認められないので、こうした形で「多様性」を拡げていければと考えています。

ロペス:たしかに自分もインタビューを書いていて「これって何か『特別感』が出ちゃってるよな……」と感じることはよくあります。距離が遠くなって「自分とは関係の無い世界の誰か」になってしまう。

SAKI:それこそ雲の上の話になっちゃってふわふわしちゃいますよね。自分の中のテーマである多様性も同じで、「多様性って大事なんだよ」って言っただけでは響かないし、逆に「あなたの生活は素晴らしい」って個人的な話を聞いて肯定するだけでも多分うまくいかないと思うんです。だからこそ、生活に紐付いた、手ざわりのある文章が必要なのかなと。

「非日常」から「日常」へ

ロペス:SAKIさんが運営している「mono.coto.Japan」は具体的にどういったメディアで何を目指されているんですか?

SAKI:普段はインバウンド向けのストーリーマガジン、と説明しています。海外からいらっしゃる外国人観光客に向けて、従来の日本の観光スポット情報を発信するサイトではなく、そこに住んでいる人のリアルな日常を発信しています。

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

ロペス:観光客向けというとどうしても市販のゴテゴテな観光雑誌をイメージしますが、「mono.coto.Japan」はかなり毛色が違いますよね。

SAKI:そうですね。今の旅行って、「観光」としてひとまとめみたいな感じだなと。観光地に行って、おいしいもの食べて、インスタ映えする写真を撮って、という型から抜け出るのって、簡単なようで難しいなあと、自分自身がよく思っていて。

でも、私は旅行しているといつも、そこに住んでいる人がどういう人で、何を思いどんな価値観で生きているのか知りたいなと思うんです。そしてそう思う人は一定数いると思っています。そういう人達は「どこに行けばおいしいものがある」「どこに行けばインスタ映えする」とかそういう情報だけじゃ満足しないんですね、

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

SAKI:そこにいる人がどういった毎日を送って何を感じているのか。例えば韓国の若い人は結婚のタイミングについてどう考えているのか、みたいなことを本屋に泊まりに来た人と話したことがあるんですが、そういう話がすごくおもしろくて。

でもそういうのって、現地の人と積極的に触れ合える人ならいいと思うんですけど、そういう人ばかりじゃない。いきなり初対面で「最近仕事どう?」「人生についてどう思う?」とかって、外交的な人でもなかなか聞きづらかったりするじゃないですか(笑)。

ロペス:たしかに、いきなり人生観とか仕事観とか聞かれると何かの勧誘かよってなりますね(笑)。

SAKI:聞かれた相手もびっくりしますよね(笑)。でもそういうのはメディアという形だと接触しやすいと思うんです。

mono.coto Japanは生活に寄ったメディアですが、そうは言っても旅行メディアなので、観光地、食べ物とかスポットとかは出てきます。ただそこの紹介がメインというよりは、住んでいる人がどういう生活をしていて何を思っているのか。例えばどんなときにコンビニのおでんを買いに行くのかとか、日本においてコンビニのおでんはどういった文脈で食べられるのだろうか(笑)、みたいな話を書けるといいなと思っています。

ロペス:ここでも「生活」に立脚したメディアという哲学が感じられますね。自分も最近旅行やメディアに関して、コンテンツがどうしても日常から離れて宙に浮いてるな、という感じはしていたので、こうした生活に接点があるようなコンテンツがもっと増えたらいいなと思っています。

読者と共に育つメディア

ロペス:無粋なことをお聴きしますが、メディアとしては「派手さ」が無いと中々読まれないんじゃないですか?読者ターゲットとしてはまだまだマイノリティだし……。

SAKI:本当にその通りです(笑)。いやー難しいですね……。でも「従来の旅行に飽きてくる人」がこの先一定数出てくると思うんです。違う場所に行ったとしても、毎回観光スポットに行って写真を撮り、美味しいものを食べてガイドブックに載っているお土産を買っていたら飽きるじゃないですか。非日常から得られる刺激に慣れてしまうというか。

兵庫 播磨 加古川 姫路 ローカルメディア palette mono.coto.Japan 菅原沙妃

SAKI:だからこそ、ローカルの人と触れ合いたいとか、地元の人っぽく旅行してみたいというニーズは、もっと増えてくるのかなと。地域性で言うなら欧米の方ではバックパッカーのような旅行文化や、ギャップイヤーといった文化もあるので、mono.coto Japanが描く、ローカルの人がどういう風に生活していて、何を考えているのかというところとは、比較的相性がいいのではと考えています。

ロペス:なるほど。お話を聴いていて本当に手ざわり、質感があるメディアを目指されているんだなと感じました。今までの旅行ってなかなか質感を感じることがないので、そこに質感を与えていくようなメディアになったら素敵だと思います。

SAKI:はい。わざわざしんどいテーマでつくっちゃったなあとは思っています(笑)新しい旅行文化が出来上がるのにも、読者にそうした文化や、「さりげない日常をすくい上げる」ネット文化が少しずつ根付いていくのにも、最低10年くらいはかかる。もし売り上げの目処がなかなか立たないとしても、完全にやめてしまうのではなく、最悪自分一人でもいいから続けていこうと考えています。文化を創っていく、読者と共に育っていく、くらいの気持ちがないと続けられないなと。何より、自分がやっていて楽しいと思うことじゃないと、コツコツと続けることなんてできないと思いました。

ロペス:わかります。基本的にプロダクトやサービスって消費者のリテラシーに左右されるじゃないですか。良いものを欲しいと思う消費者がいるからこそ良いものが市場に出回るわけで。メディアも読者と一緒に育っていかないと思っています。

SAKI:そうした取り組みは10年、20年とかかりますから、長期的なスパンで考えていければなと。

ロペス:paletteもそういった意味ではとにかく「続けること」が何より大事なんですよね。文化を創らんとするメディア同士、似ているところが多々あったなと感じました。お互い続けられるよう頑張りましょう。今回はお話を聴かせてくださりありがとうございました。

SAKI:ありがとうございました。

撮影協力:鶴留 彩花
Twitter
Instagram

インタビューを終えて

従来のメディアでは削ぎ落とされがちな、ささやかで、地味で、ときにみじめにもなりうる、でもだからこそ一瞬輝くような瞬間がある。そんなリアルな生活の側面を記録したメディア「mono.coto.Japan」の編集長、菅原 沙妃。

彼女の「言葉」に手ざわりを感じるのは「日常」への向き合い方、考え方が大きく影響していたことがわかった。

人文学で磨いた知性と教養、そして日常へのあたたかい眼差し。それら両者の掛け合わせから生まれる「多様性」というキーワード。背伸びをせずありのままの生活をとらえ、他者を知りそして自分を知っていくことで、読者の世界をちょっとずつ拡げていく。

安直な「派手さ」に流されず、自身の心の琴線に触れる「生活」をていねいに紡いでいく彼女の姿勢には見習うべき点が多々あった。

刺激にあふれるこのご時世に、アンテナ感度を高めながら「自分は何を美しいと感じ、何を創り出し、何を発信していくのか」を考え続ける。これからはそうしたスタンスのメディアが読者と共に育ち、世の中に文化を創っていくのかもしれない。

Follow me !!

お仕事(インタビュー・取材など)の相談は
こちらから。

この記事を書いた人

ロペス

1992年、奈良県生まれ。少年の心を忘れない26才児。paletteの編集長兼ライター。通称「ロペス」。畿央大学教育学部を卒業後、東京の人材派遣会社に就職。その後小学校教諭、塾講師、認定子ども園保育補助を経て現職。人、モノ、場所の魅力を引き出し、記事として発信するため日々奮闘中。目下の悩みは「終わらない成長期」。ダイエット方法募集中。