幸せの波紋を起こしたい。高砂の風船屋さん【バルーンショップe-スマイル代表:ろみひ~】

こんばんは。
播磨の魅力を発信するメディア「palette」のライター、ロペスです。

よく初対面の人に体型を一瞥された後

「悩みなさそうな感じがするよね」

と言われます。
無礼者め。
悩みがなさそうに見える体型が悩みなんだよ。

私も人並みに悩んでます。色々。
今でこそ多少マシにはなりましたが、昔はびどいものでした。仕事で悩んで、自分で自分を責めすぎて、行くところまで行きましたからね。

そんな経験をしても、人間大したもので、「つながり」があれば戻ってこれるんです。

今日は、逆境をはねのけてドン底から這い上がり、周りに幸せと感動を与え続けるアーティストのお話です。修羅場をくぐってきた男同士のサシのインタビュー。
平穏なカフェの一角で静かにスタートです。

ろみひ〜さん

今回インタビューさせていただいたのは、アーティストのろみひ〜さんです。

兵庫 播磨 姫路 加古川  インタビュー palette バルーンショップe-スマイル ろみひ〜

バルーンショップ e-スマイルの代表であり、paletteちゃんねる・paletteラジオのパーソナリティもされています。

バルーンショップe-スマイルのHP。
動画配信「paletteちゃんねる」
毎回播磨に魅力的なゲストをお呼びしてお送りしている人生対談ラジオ「paletteラジオ」

風船を使った空間演出、バルーンショーなどを手がけ、放課後デイの工作の先生などもしています。

兵庫 播磨 姫路 加古川  インタビュー palette バルーンショップe-スマイル ろみひ〜
結婚式での風船を用いた演出
兵庫 播磨 姫路 加古川  インタビュー palette バルーンショップe-スマイル ろみひ〜
サプライズのバルーンプール。
兵庫 播磨 姫路 加古川  インタビュー palette バルーンショップe-スマイル ろみひ〜
学童保育での工作

ろみひ〜さんはこういった活動を通して、たくさんの人に笑顔とわくわく、感動と幸せを届けています。

ろみひ〜さん
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幼少期からの逆境

ロペス:このような活動を始めようと思った背景は何ですか?

ろみひ〜:背景か・・・長いなー(笑)いいですか?生まれた環境からになるんですけど。

ロペス:是非聞かせてください。

ろみひ〜:まず出生から話すと、父親が入れ墨の彫り師をしていて、その愛人の子が僕なんです。そもそも生まれていなかったかもしれない命だった。生まれてからは母子家庭で育ったんですけど、ネグレクト気味だったと今になって振り返ると思います。義務教育も半分くらい受けてなくて。小学校もほとんど行ってなかったですね。家から出ることもなく、何もすることもなく、ただ過ごしていました。小学校後半になってからやっと学校に行き始めるようになりました。

ロペス:小学校後半になってから学校に行くようになったのは何か契機があったんですか?

ろみひ〜:家賃の滞納で家を追い出されて、夜逃げ同然で姫路から加古川に来たんですよ。それがきっかけですかね。学校ではいじめにも合いました。学校へ行っていなかったので、みんなが知っていることを僕は知らない。当たり前を知らないって、非常識なんです。家にずっといたわけですから、周りからの情報も入ってこない。結果字がかけなかったり計算ができなかったり、その年代の子どもなら知っているようなことも知らない。みんなからすれば「なんでなん?」ってなりますよね、そりゃ。

ロペス:そうなんですね……。その後も同じような状況ですか?

ろみひ〜:中学校後半で彼女が出来たんです。それが前の嫁なんですけど、付き合ってからは自分の家ではなく彼女の家に入り浸っていました。その後彼女との間に子どもが出来て、高校に行って一人目の子どもが生まれました。

ロペス:15歳で父親ですか・・・。

ろみひ〜:そう、15で父親です。定時制の高校に通いながら外仕事で稼いでいました。彼女とは家庭環境がしんどいという点でわかり合えるところがあり、仲良くやってましたね。

ロペス:しんどい環境でも協力し合えていてたのは素敵ですね。

ろみひ〜:ただ17の時に二人目が出来て。その時期に親の入院も被ったんですよ。それまでは一緒に暮らしていたんですけど、この時期から子どもだけの生活が始まるわけです。僕と前の嫁さんと自分の子ども一人。それと居候していた嫁さんの弟もいて。本当に子どもたちだけなんですよ。で、さらにその時にちょうど親の借金が見つかって。

ロペス:二人目の子どもに借金まで・・・。

ろみひ〜:子どもだけの生活に親の借金まで重なって、大変ですよね。色々なところに頭下げて回って、返済を待ってもらったりもしました。

逆境を救った「つながり」

ロペス:壮絶ですね。なんて言っていいのか・・・。

ろみひ〜:本当に大変でした。でもその時に力になってくれる人たちがいたんです。民生委員さんとか、児童福祉の人たちが色んなサポートをしてくれました。当時は本当にお金がなくて、でも子どもを産まないという選択肢もなくて。そんな状況の時に「普通の産婦人科ではなく、国立の病院を頼ってみなさい。」とアドバイスいただいたんです。社会的なマナーから外れるかもしれないけど、国立の病院ならお金が無くても産ませてくれる。お金は後でも良いから、何としてでも産みたいなら、そういった方法もあるということを教えてくれました。

ロペス:助けてくれる、力になってくれる人がいたんですね。

ろみひ〜:そうなんです。当然周りは出産に大反対でした。でも僕は産まないという選択肢は無くて。その気持ちを受け止めて応援してくれる大人がいたというのは本当にありがたかったですし、感謝しています。

ロペス:一つ疑問なんですが、二人目の子どもを生むという判断はかなり難しいものだったと思うんです。周りからの反対もあったということですし。迷いは無かったんですか?

ろみひ〜:無かったですね。そこは自分の出生が大きく影響していると思います。生まれなかったかもしれない命だったのに、この世に生を受けた。それは大きいと思います。また自分の都合だけで、新しい命を奪っていいわけがないとも、思っていましたね。

ロペス:その判断って中々周りに理解されるものではないと思うんですけど、でも応援してくれる大人がいてたというのは大きいですね。

ろみひ〜:はい。自分の「こうしたい」という意思を聞き入れてくれて、決断を応援してくれる大人がいたという経験はとても心に残っていますね。どんなこともそうだと思うんですけど、「やめとき」って言うのはすごく簡単なことなんですよ。一番楽で面倒くさくない。

ロペス:応援したからには、その選択の結果についてある程度責任が生じますもんね。

ろみひ〜:だからこそ、応援するというのはとても大変なことだと思います。大変ではあるけれども、何か新しい挑戦をするだとか、価値を生むだとか、そういう時って「その人の気持ちを受け止めて応援する」ってとても大事になってくると思うんです。応援するかしないかで、その人の選択が変わってしまう可能性もあるわけじゃないですか。自分は周りから応援してもらったので、これからそういう場面になった時は応援してあげられるようにしたいですね。

兵庫県高砂市の風船屋さん

ロペス:今風船屋さんをされていますが、何故それをされようと思ったんですか?

ろみひ〜:風船ってツールを使えば、人を笑顔にする事が出来るんですよ。例えば子どもさんで言えば、作ったものを渡したりするともう本当に喜んでくれるんです。人に楽しんでもらえる、喜んでもらえる。それが僕にとってめっちゃ嬉しいことで。だから今は「風船屋」さんをしています。

ロペス:なるほど。確かにこの写真なんて、皆さんとても楽しそうですもんね。

兵庫 播磨 姫路 加古川  インタビュー palette バルーンショップe-スマイル ろみひ〜

ロペス:元々外仕事をされていたということですが、どういう経緯で風船屋さんになったんですか?

ろみひ〜:そうですね、ちょっと長くなるんですけど、外仕事をしている時に仲の良かった職場の先輩がいたんです。その人が僕と今の嫁さんとの結婚式の1か月前に行方不明になっちゃって。 めっちゃ頑張ってあちこち探し回ったんですけど見つからなかった。見つからないまま今の嫁さんとの結婚式が終わって、その次の日に行方不明になった職場の先輩が見つかったって連絡が来たんです。自殺して亡くなってたって。

ロペス:ええっ!?

ろみひ〜:もう頭ん中が真っ白になって、何もわかんなくなりました。葬儀場行ってみたら本当に亡くなってて、そこからめっちゃ泣きました。 ずーっと泣いて泣いて。葬式終わっても全然涙止まんなくて。 それでもやっぱ仕事はしないといけない。その人がいなくなった穴を自分が埋めなきゃいけない。でも色々と上手くいかない。そんな時に会社と遺族の人がもめだしたんです。

ロペス:そのタイミングで、ですか・・・。

ろみひ〜:はい。外仕事をやめようと決めたのがその時期でした。 辞めるって決めた時に、色んなモノを見てきた自分だからこそ出来る何かがあるんじゃないかなと考えました。何かやってみよう。やるなら誰かに喜んでもらえる事とか、笑顔に出来る事が良いなって思って。その時の自分ってチンピラみたいな人間だし、着ぐるみ着てみようって着ぐるみ着てみたりもしました。何だかんだ調べてみて、たまたま見つけて行き着いたのがバルーンアートだったんです。

で、昔お世話になってた乳児院とか子どもが入院してた病院とかに行ったりして風船プレゼントしたりバルーンショーやったりして。 それがどんどん広がって今の風船屋に至ります。 今風船屋してるのって、大切な人の死がきっかけになっているんです。

「幸せの連鎖」

ロペス:「自分と関わる全ての人が幸せに暮らせる社会づくりに寄与する」というミッションを掲げていますが、そのことについて詳しく伺えますか。

ろみひ〜:そうですね、自分が幸せにしてもらえたという経験が大きいです。しんどい時、大変な時に力になってくれた人がいた。それってとても素敵で、嬉しいことだったんです。だから自分もそうしたいと思いました。

ロペス: 人から受けた恩を、他の人にも送る。「恩送り」の考え方ですね。

ろみひ〜:はい。自分は「波紋」という言葉で表現していますが、自分が波紋の中心となってそれを広げていけたらいいなと。そしてその波紋を受けた人が、また波紋を広げていく。その連鎖って素敵じゃないですか。幸せの連鎖をつくっていきたいんです。

ロペス:幸せの連鎖ですか・・・そう思ったきっかけって何ですか?

ろみひ〜:単純にしてもらって嬉しかった経験が多くあって、それの積み重ねじゃないかと思います。

ロペス:んー。あまり自分の中でしっくりこないところなんですが「してもらって嬉しいと思うこと」と「それを誰かにしてあげよう」と思うことってうまくつながらないように思うんです。感謝はしても、そこで終わるのではなくて、「自分も誰かにしてあげよう」って思えるのって何でですか?

ろみひ〜:なるほどー(笑)難しいですね・・・。「ありがとう」って言ってもらえることがとても嬉しかった、じゃ駄目ですかね?何かをしてあげた時、返ってきた「ありがとう」という言葉が本当に嬉しかった。そして自分と関わったことで、何かその人の成長につながったということが、自分にとってすごく大きな出来事だった。だからじゃないですかね。

ロペス:その話わかります。自分の関わりがその人の成長に貢献したという実感、とても嬉しいですよね。

​「応援する」「関わり続ける」ということ

ロペス:とはいえ、やっぱり応援するって難しいことだと思います。自分は「応援した結果」に責任が持てない限り、応援は中々出来ないですね。

ろみひ〜:そうなんです。「応援」ってさっきも話したように本当に難しくて。関わったら責任持って最後まで関わり切るという覚悟が必要だと思うんです。人が変わるのって、ものすごく時間のかかることですよね。人って変化を嫌うものですから。だからその人にとって必要な間はできるだけ向き合うことが大事だと思います。

ロペス:たしかに中々人って変わらないです。手間はかかるし時間もかかるし・・・。

ろみひ〜:本当にその通りなんですよ。僕の周りって結構やんちゃな人が多くて、警察のお世話になってる人とかもいたんですね。そういう友人に関わっていた時、裁判所に情状証人として呼ばれて話をしたり、刑務所に面会に行ったりしてました。人が罪を犯した時って、もう本当にお金や労力、時間がかかるんですよ。人をひとり更生させるのってこんなに大変なんだって、その時わかりました。

また同時に、そういう大変な時に関わってくれる人の存在って本当に大事なんだと気づいたんです。

ロペス:関わってくれる人ですか?

ろみひ〜:はい。その友人は周りに僕の他に自分としっかり向き合ってくれる友人や知り合いがあまりいてなくて、親も疎遠になっているという状態だったんです。身元引受人もいてなくて、向き合ってくれるような人が周りに全くいない。そんな状態で出所しても生きていけないじゃないですか。また悪事に手を染めてしまうかもしれない。というかそれしか出来ないような状況に追い込まれてしまう。だから誰かが関わって、社会復帰できるまで見届けないといけないと思ったんです。

ロペス:ろみひ〜さんはその役割をされたんですか?

ろみひ〜:そうです。服役してから刑務所の刑務官の人とお話させてもらって、特別に身元引受人予定として関わっていました。三年くらい手紙のやり取りをしましたね。出所して少したってからは、社会から認められない自分に自暴自棄になって「どうせ俺なんて」という感じで荒れていた時期もありました。でも今では結婚もして子どももいます。仕事もちゃんとしていて、人並みの生活がおくれるようになっています。そこまで見て「ああ、もう大丈夫だな。」と。

ロペス:そこまでして関われるというところが、本当にすごいなと思います。

ろみひ〜:多分そこまで向き合ってくれる人がいないと、もう出所した時どうにもならないと思うんですよ。社会的信用は無くしている。お金はない。仕事も見つけにくい。そんな状態で一人で生きていくって物凄く大変なことじゃないですか。だから再犯を防ぐという意味でも、向き合うってことは大事なことだと思うんです。

ロペス:たしかに、出所者の再犯率の高さは度々メディアで耳にしますね。

ろみひ〜:そうなって当然だと思います。だってそれ以外生きていく術が残されてないんですから。だから周りで関わってくれる人が必要なんです。ちゃんと生きていけるようになるまで、関わり続けることが大事だと思います。今では友人も時々やんちゃしながらも、立派に家庭を持って生活していますし、そういう姿を見ると本当に嬉しいですね。

​今後のビジョン

ロペス:今されている活動とその背景については伺ったんですが、この先こうしていきたいというビジョンはありますか。

ろみひ〜:ないですねー。今やっているので。やりたいことは今しています。

ロペス:めっちゃかっこいい答えですね(笑)

ろみひ〜:そうですか(笑)人生あっという間なので、やりたいと思ったらすぐやりますね。失敗はしても、それを糧にどんどん成長していける。だからどんどんやっていきます。

兵庫 播磨 姫路 加古川  インタビュー palette バルーンショップe-スマイル ろみひ〜
現在のご家族との写真。ここにも笑顔を生む風船が。

ロペス:自分もそれを見習って、どんどん挑戦していきたいと思いました。同時に今までたくさんの方々に助けてもらって生きてきたので、今度は自分から波紋を起こせるようにしてきたいです。今日はありがとうございました。

ろみひ〜:がんばってください。ありがとうございました。

インタビューを終えて

今回のインタビューを終えて、ろみひーさんの幸せを届ける活動の背景に、過酷な人生経験があるとわかりました。
そして過酷な経験の中で、力になってくれた周りの人たち。
そういった人たちの存在が、「幸せの波紋を起こす」ろみひーさんの今を形作っている。

自分も波紋を起こし、世の中に良い連鎖を生んでいけるよう、インタビューでお手伝いしていきます!!

ろみひ〜さん、インタビューをお受けいただき、ありがとうございました!!

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この記事を書いた人

ロペス

1992年、奈良県生まれ。少年の心を忘れない26才児。paletteの編集長兼ライター。通称「ロペス」。畿央大学教育学部を卒業後、東京の人材派遣会社に就職。その後小学校教諭、塾講師、認定子ども園保育補助を経て現職。人、モノ、場所の魅力を引き出し、記事として発信するため日々奮闘中。目下の悩みは「終わらない成長期」。ダイエット方法募集中。